ダイナミックケイパビリティとは?

経営学

ダイナミックケイパビリティとは?

ダイナミックケイパビリティとは、1997年にデイビッド・ティース(David J. Teece)らが提唱した概念で、企業が急速な環境変化に対応し、競争優位を維持・更新するための「組織の力」のことを指します。これは単なる適応力ではなく、企業が自ら環境を形作る力でもあります。

この概念は、以下の3つのプロセスから成り立っています。

  1. センシング(Sensing:市場の変化や新しい技術トレンドを敏感に察知する力。
  2. シージング(Seizing:チャンスを逃さず、必要なリソースを適切に配分して実行に移す力。
  3. トランスフォーミング(Transforming:組織の構造やビジネスモデルを柔軟に変革し続ける力。
図1

 例えば、スマートフォン市場の急成長を見抜き(センシング)、開発リソースを集中的に投入し(シージング)、従来のフィーチャーフォンからスマートフォンへと製品戦略を転換(トランスフォーミング)した企業の例が挙げられます。

コンティンジェンシー理論との違い

ここで、経営戦略に関するもう一つの有名な理論である「コンティンジェンシー理論(Contingency Theory)」と比較してみましょう。

コンティンジェンシー理論は、「企業は環境に適応することが重要」という考え方に基づいています。この理論によれば、成功するためには、自社のリソースや組織構造を環境に最適化することが求められます。

しかし、ダイナミックケイパビリティは、単に環境に適応するのではなく、むしろ企業自らが環境を作り出すという能動的な視点を持っています。

観点ダイナミックケイパビリティコンティンジェンシー理論
焦点能動的な環境形成環境への受動的適応
時間軸継続的な能力開発(未来志向)特定時点での最適解探索
理論基盤リソースベースドビュー組織構造の最適化
図2

 例えば、コンティンジェンシー理論では、「業界の特性に応じて最適な組織構造を選ぶべきだ」と考えます。

一方、ダイナミックケイパビリティは、「業界の枠組みそのものを変え、新しい競争ルールを作り出そう」とするものです。

デイビッド・ティースの研究が企業戦略に与えた影響

このような理論を提唱したティースの研究は、企業戦略におけるパラダイムを大きく転換させました。

まず、彼はリソースベースドビュー(RBV)を発展させ、競争優位の源泉を「企業がどのように資源を保有するか」ではなく、「どのように資源を再構成し、変化に適応するか」に置き換えました。これにより、センシング、シージング、トランスフォーミングというプロセスが、現代の戦略分析の標準的な枠組みとして確立されました。

また、彼は進化論的経済学の観点から、組織ルーティンや知識の蓄積が、企業の競争力にどのように影響を与えるのかを明らかにしました。企業は一度獲得した知識や経験を積み重ねながら、より高度な戦略を生み出していくのです。

実務への応用

この理論は、実際の経営戦略にも大きな影響を与えました。例えば、不確実性の高い時代において、企業がアジャイルな戦略を取ることの重要性を強調し、従来の5フォース分析のような静的な戦略手法では捉えきれない環境変化を考慮するための新たなツールを提供しました。

また、オープンイノベーションを促進するために、トランザクティブメモリシステムという概念を導入し、組織内で「誰が何を知っているか」を可視化し、効率的に活用できる仕組みを提唱しました。

さらに、経営者の意思決定プロセスにも影響を与え、直感と分析のバランスが戦略実行にどのように関係するのかを、神経科学の知見を取り入れて理論化しました。

学術分野と社会への貢献

ティースの研究は、学術界にも大きな波及効果をもたらしました。特に、IT産業を中心にケーススタディが行われ、ダイナミックケイパビリティが競争優位を生み出す要因であることが実証されました。また、心理学や神経経済学との融合により、意思決定のメカニズムをより深く理解するための「二重プロセス理論」を構築しました。

この理論は産業政策にも影響を与え、米国やEUのデジタル戦略において、プラットフォーム企業のエコシステム形成能力を評価する指標として採用されました。加えて、MBA教育においてもイノベーション戦略のカリキュラムに組み込まれています。

ティースの理論は、企業戦略を「静的なポジショニング」から「動的な能力構築プロセス」へと転換させました。特に、デジタル変革が加速する現代において、企業が持続的に成長するための指針として、今後も重要な役割を果たしていくことでしょう。